性犯罪における暴行脅迫、心神喪失・抗拒不能要件の改正に関する調査審議状況

性犯罪における暴行脅迫、心神喪失・抗拒不能要件の改正に関する調査審議状況

2023/01/31

法務大臣の諮問に応じて調査審議を行う法制審議会(刑事法(性犯罪関係)部会)において、現在、刑法改正に向けた調査審議が行われています。

なお、調査審議の状況には動きがあると思われるところ、本文で「現在」と書く場合は、執筆した令和5年1月31日現在の調査審議の状況を前提としていることを予めお断りさせていただきます。

 

調査審議の対象となっている諮問内容は多岐に及びますが、その一つが、強制わいせつ罪(刑法176条)、強制性交等罪(刑法177条)に規定する暴行及び脅迫の要件と、準強制わいせつ及び準強制性交等罪(刑法177条)に規定する心身喪失及び抗拒不能の要件の改正です。

 

具体的に条文を見ると、現行法においては、13歳以上の者に対するわいせつな行為又は性交等について、強制わいせつ罪又は強制性交等罪が成立するためには、「暴行又は脅迫」を用いることが必要とされています。なお、強制性交等罪における「暴行又は脅迫」については、「相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のもの」である必要があるとされています。

また、準強制わいせつ及び準強制性交等罪が成立するためには、「心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて」わいせつな行為又は性交等に及ぶことが必要とされています。

 

このような現行法の規定については、

・被害者が強く抵抗するか、完全に抵抗できない状態であることを求めているのではないか

・人が恐怖にさらされた場合、被害者は力が入らなかったり、体が動かなかったり、相手に受動的に従ってしまうことが考慮されていないのではないか

といった批判的な意見があります。

今回の諮問も、このような意見があることも踏まえ、被害の実態に応じた適切な処罰を確保するために、法整備を早急に行う必要があるとという観点から行われているものになります。

 

法制審議会における調査審議を踏まえた結果、令和4年10月24日開催の会議においては以下のような試案が示されました。

 

1 強制わいせつ罪及び準強制わいせつ罪の要件の改正

(1) 次のアに掲げる行為その他これらに類する行為により人を拒絶困難 (拒絶の意思を形成し、表明し又は実現することが困難な状態をいう。 以下同じ。)にさせ、又は次のイに掲げる事由その他これらに類する事由により人が拒絶困難であることに乗じて、わいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の拘禁刑に処するものとすること。

ア 次に掲げる行為

(ア) 暴行又は脅迫を用いること。

(イ) 心身に障害を生じさせること。

(ウ) アルコール又は薬物を摂取させること。

(エ) 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること。

(オ) 拒絶するいとまを与えないこと。

(カ) 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、又は驚愕させること。

(キ) 虐待に起因する心理的反応を生じさせること。

(ク) 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること。

イ 次に掲げる事由

(ア) 暴行又は脅迫を受けたこと。

(イ) 心身に障害があること。

(ウ) アルコール又は薬物の影響があること。

(エ) 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にあること。

(オ) 拒絶するいとまがないこと。

(カ) 予想と異なる事態に直面して恐怖し、又は驚愕していること。

(キ) 虐待に起因する心理的反応があること。

(ク) 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける 不利益を憂慮していること。

(2) 行為がわいせつなものではないと誤信させ若しくは行為の相手方について人違いをさせて、又は行為がわいせつなものではないと誤信していること若しくは行為の相手方について人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、(1)と同様とするものとすること。

2 強制性交等罪及び準強制性交等罪の要件の改正

(1) 1(1)アに掲げる行為その他これらに類する行為により人を拒絶困難にさせ、又は1(1)イに掲げる事由その他これらに類する事由により人が拒絶困難であることに乗じて、性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、5年以上の有期拘禁刑に処するものとすること。

(2) 行為がわいせつなものではないと誤信させ若しくは行為の相手方について人違いをさせて、又は行為がわいせつなものではないと誤信していること若しくは行為の相手方について人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、(1)と同様とするものとすること

 

この試案は、議論の結果を踏まえて、①「暴行又は脅迫」が用いられた場合以外にも、処罰されるべきわいせつ行為又は性交等の手段や被害者の状態を例示列挙(その他これらに類する行為の場合も想定されています)し、②包括的な要件としては、困難の程度を問わない「拒絶困難」という規定の仕方に要件を変更するものとなっています。

この「拒絶困難」とは、「拒絶の意思を形成し、表明し、又は実現することが困難な状態」と定義されているため、拒絶の意思・表明・実現のいずれかが困難であればよいと説明されています。なお、「状態」という規定の仕方にしたのは、内心ではなく、客観的・外形的に判断することが可能な「状態」を要件にすることによって、処罰範囲を明確にする趣旨であると説明されています。

 

そして、「心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて」との要件については、このような「拒絶困難」の状態にあることに「乗じて」(利用して)いればよいという形で変更をしています。

 

しかしながら、この試案に対しては、「拒絶」という言葉は性犯罪の被害者の視点から見て容認できない文言である、性犯罪の改正は国民の耳目を集めるテーマであるところ一般国民に「拒絶困難」でなければ性行為をしてもよいという誤ったメッセージを発することになる等の反対意見が相次ぎました。

 

そのため、令和5年1月17日開催の会議においては以下のような試案(改訂版)が示されています。

 

1 強制わいせつ罪及び準強制わいせつ罪の要件の改正

(1) 次のアに掲げる行為その他これらに類する行為により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ、又は次のイに掲げる事由その他これらに類する事由により、当該状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の拘禁刑に処するものとすること。

ア 次に掲げる行為

(ア) 暴行又は脅迫を用いること。

(イ) 心身に障害を生じさせること。

(ウ) アルコール又は薬物を摂取させること。

(エ) 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること。

(オ) 拒絶するいとまを与えないこと。

(カ) 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、又は驚愕させること。

(キ) 虐待に起因する心理的反応を生じさせること。

(ク) 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること。

イ 次に掲げる事由

(ア) 暴行又は脅迫を受けたこと。

(イ) 心身に障害があること。

(ウ) アルコール又は薬物の影響があること。

(エ) 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にあること。

(オ) 拒絶するいとまがないこと。

(カ) 予想と異なる事態に直面して恐怖し、又は驚愕していること。

(キ) 虐待に起因する心理的反応があること。

(ク) 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮していること。

(2) 行為がわいせつなものではないと誤信させ、若しくは行為の相手方について人違いをさせて、又は行為がわいせつなものではないと誤信していること若しくは行為の相手方について人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、(1)と同様とするものとすること。

2 強制性交等罪及び準強制性交等罪の要件の改正

(1)1(1)アに掲げる行為その他これらに類する行為により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ、又は1(1)イに掲げる事由その他これらに類する事由により、当該状態にあることに乗じて、性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」 という。)をした者は、5年以上の有期拘禁刑に処するものとすること。

(2) 行為がわいせつなものではないと誤信させ、若しくは行為の相手方について人違いをさせて、又は行為がわいせつなものではないと誤信していること若しくは行為の相手方について人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、(1)と同様とするものとすること。

 

この試案(改訂版)について議論された際の議事録は未だ準備中とのことで公開されていませんが、試案についての議論を踏まえて、「拒絶困難」という文言が、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」という表現に変更されています。

 

このように、法制審議会では、現在、性犯罪の改正について議論を進めています。要件の変更は、実務にも影響を及ぼすものと考えられますので、議論の状況については今後も注目する必要があります。

 

令和5年1月31日

 

文責 弁護士 浦川 雄基

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